2013/07/11 12:35:32
逆境の中始まった『ひょうきん族』ですが、徐々に世の中に浸透し始め、コンスタントに20%近い視聴率を獲るまでになりました。
しかし、レギュラーセットで収録されるコーナーは“ひょうきんベストテン”他2,3しかなく、”タケちゃんマン”をはじめとするほとんどのコーナーは、毎回違うセットでした。
と、いう事は美術費がいっぱいかかるという事です。
番組開始後1年、『ひょうきん族』は1億円の赤字を出しました。
1年50週とすれば、1回の放送につき200万円の赤字を計上した事になります。
流石に、「これはいかん」となり、5人のディレクターで善後策を考えました。
番組の視聴率は良いので、番組終了となる事は200%ありえませんでしたが、何かしら殊勝な態度を見せる方が良いだろうと、5人で辞表を編成局長に提出する事にしました。もちろん、100%シャレです。
当時の編成局長は、現在の日枝会長です。
我々5人は週明けにでも、シャレで局長の所へ行く計画を立てていました。ところが、計画を立てたその週の放送で、なんと30%近い数字を獲り、王者『全員集合』を視聴率で破ったのです。
編成部は、即赤字をチャラにしてくれたばかりではなく、製作費を大幅にアップしてくれました。
シャレで辞表を出す事もなく、製作費もアップした事で、我々は自由に番組制作を続ける事が出来ました。その後も、たびたび『全員集合』を視聴率で破る事があり、ついにTBSは『全員集合』を終わらせ、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』という新番組を始めました。
因果は巡る・・・。『全員集合』を終わらせた『ひょうきん族』は、番組開始後8年目に『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』によって、最後を迎える事になりました。
生放送で行われた最終回の打ち上げ終了後、出演者と我々5人は2次会の為、六本木に繰り出しました。そして2次会の会場に姿を見せてくれたのが・・・、番組のテーマ曲を歌ってくれていた、松任谷由実さんです。
そして、ディレクター一人一人をハグしてくれました。
耳元で囁いてくれた「神のご加護がありますように」という一言は今でも忘れられません。
『オレたちひょうきん族』は、間違いなく僕の3度目の青春でした。
しかし、レギュラーセットで収録されるコーナーは“ひょうきんベストテン”他2,3しかなく、”タケちゃんマン”をはじめとするほとんどのコーナーは、毎回違うセットでした。
と、いう事は美術費がいっぱいかかるという事です。
番組開始後1年、『ひょうきん族』は1億円の赤字を出しました。
1年50週とすれば、1回の放送につき200万円の赤字を計上した事になります。
流石に、「これはいかん」となり、5人のディレクターで善後策を考えました。
番組の視聴率は良いので、番組終了となる事は200%ありえませんでしたが、何かしら殊勝な態度を見せる方が良いだろうと、5人で辞表を編成局長に提出する事にしました。もちろん、100%シャレです。
当時の編成局長は、現在の日枝会長です。
我々5人は週明けにでも、シャレで局長の所へ行く計画を立てていました。ところが、計画を立てたその週の放送で、なんと30%近い数字を獲り、王者『全員集合』を視聴率で破ったのです。
編成部は、即赤字をチャラにしてくれたばかりではなく、製作費を大幅にアップしてくれました。
シャレで辞表を出す事もなく、製作費もアップした事で、我々は自由に番組制作を続ける事が出来ました。その後も、たびたび『全員集合』を視聴率で破る事があり、ついにTBSは『全員集合』を終わらせ、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』という新番組を始めました。
因果は巡る・・・。『全員集合』を終わらせた『ひょうきん族』は、番組開始後8年目に『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』によって、最後を迎える事になりました。
生放送で行われた最終回の打ち上げ終了後、出演者と我々5人は2次会の為、六本木に繰り出しました。そして2次会の会場に姿を見せてくれたのが・・・、番組のテーマ曲を歌ってくれていた、松任谷由実さんです。
そして、ディレクター一人一人をハグしてくれました。
耳元で囁いてくれた「神のご加護がありますように」という一言は今でも忘れられません。
『オレたちひょうきん族』は、間違いなく僕の3度目の青春でした。
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【楽しく拝見させていただきました】
山縣さん
4度目の青春
楽しく拝読させていただきました
特に3-6の
(略)
松任谷由実さんです。
そして、ディレクター一人一人をハグしてくれました。
耳元で囁いてくれた「神のご加護がありますように」という一言は今でも忘れられません。
ここが最高に良かったです
4度目の青春
楽しく拝読させていただきました
特に3-6の
(略)
松任谷由実さんです。
そして、ディレクター一人一人をハグしてくれました。
耳元で囁いてくれた「神のご加護がありますように」という一言は今でも忘れられません。
ここが最高に良かったです
ああいう言葉をスラッと言える人は松任谷さんだけではないかと今でも思っています。
松任谷さんは、『ひょうきん族』をたいそう気に入って下さって、
武道館などのコンサートによく招待していただきました。
出演者・スタッフなど10名近くで行き、コンサート終了後の打ち上げパーティにまで呼んで下さって、感激した事をよく覚えています。
松任谷さんは、『ひょうきん族』をたいそう気に入って下さって、
武道館などのコンサートによく招待していただきました。
出演者・スタッフなど10名近くで行き、コンサート終了後の打ち上げパーティにまで呼んで下さって、感激した事をよく覚えています。
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